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再生(復活)の希望あり

再生(復活)の希望あり
2010年 10月24日

  今年の夏は異状に気温の高かった年であり、それは全世界大での事でもありました。そのために動物や植物にもそれなりの影響があったことは確かです。昨年はたくさんいた雀が今年はあまり見かけなかったとか、蝉の数も少なかったとか、また彼岸花(曼珠沙華、天上花などの別称)の咲くのが例年に比べて少し遅かったとかいろいろとありました。
 一年ほど前に無花果(いちじく)の木の苗を買って庭に植えていました。そのうちに実が採れるようになることを期待して植えたのです。少し大きくなったので、一部の枝を30cmほど切りそれを挿し木にしたところしばらくしたら青葉の芽が出てきたのです。その青葉の芽を見ながら、思わされたのは「木には望みがある。たとえ切られても、また芽を出し、その若枝は絶えることがない。たとい、その根が地中で老い、その根株が土の中で枯れても、水分に出会うと芽を吹き、苗木のように枝を出す。しかし、人間は死ぬと、倒れたきりだ。人は、息絶えると、どこにいるのか。」(ヨブ14:7~10)とある言葉です。無花果の苗木の例をあげましたが、以前にはバラの木やあじさいの木で挿し木を試みて成功したことは何度もあります。植物と人間の決定的な違いがここには見られます。木は一旦切られても、挿し木などの方法で再生の希望がありますが、人間は一度いのちが失われたら、すなわち死んだら決して元に戻ることはありえないという厳しい現実があります。 
 この人の死の問題はいつの時代でも、私たちを悩まします。特に親族や身近な人が亡くなったときに、その事を考えさせられます。木などには再生の望みがあっても、人にはその望みはないのでしょうか。聖書は再生(復活)の希望があると教えています。イエス様が弟子であったラザロが死んだ時に、その姉マルタに「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか」(ヨハネ10:25、26)と語られました。イエス様を信ずるなら、死んでも生きる、いのちの希望があること、再生および復活の希望があることを「聖書」はハッキリと教えています。
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