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読書亡羊と聖書養羊-2


読書亡羊と聖書養羊-2
2010年 10月10日

 「読書亡羊」という故事が示すように、羊を亡ってしまような出来事があっても、書を読むことは本当に愉しく、魅力あることだと言うこでしょう。本好きの人にとってはこの上ない愉しみだと言うことです。中村蘭林は「人生楽、戸閉、書読過莫(人生の楽しみは戸を閉じて書を読むに過ぐるはなし)一僻書得(一つのくせのある書を得)一奇字識(一つのくせのある文字を識り)一異事遇(一つの異なる出来事に遭遇し)一佳句見(一つの佳い言葉に出会うと)覚踴躍(思わず膝を叩きたくなる)絲竹前酒、綺羅目満雖(それは音楽や料理や酒が、きらびやかに耳目に満るといえども)其快喩足也(その快楽は取るに足るものではない)と『学山録』にあります。蘭林にとって書物を読むと言う事ほど面白いものはないと言うことでしょう。蘭林のような知識人にとっては、書物以外に愉しみがなかったということでもあり「読書亡羊」という言葉が適用される最後の時代の人であるかもしれません。
 読書の愉しみによって、主に委ねられている羊たちを亡うことなく、むしろ、羊たちを養って行かなければなりません。そのために牧師がしなければならないことは「聖書養羊(セイショヨウヨウ)」であると書きました。その心は、聖書を熟読し、祈祷を持って羊たちを養うことです。 初代教会の使徒たちは、教会に問題が起きたときに『12使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神の言葉をあと回しにして、食卓のことに仕えるのは良くありません。そこで、兄弟たち。あなた方の中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち7人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。そして、私たちは、もっぱら祈りとみ言葉の奉仕に励むことにします。」』 (使徒6:2~4) 問題の本質は何かを理解して実践したのです。12使徒たちは、大事なことは「祈り」であり「み言葉」であることをよく理解していたのです。使徒パウロもエペソ教会の長老たちに対して「いま私は、あなた方を神とその恵みのみ言葉とに委ねます。み言葉は、あなた方を育成し、すべての聖なるものとされた人々に中にあって御国を継がせることができるのです。」(使徒20:32)
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