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その秘訣とは


その秘訣とは
2010年 9月5日

 私たちキリスト者が日毎に聖書を読む、あるいは学ぶ目的はどこにあるのでしょうか。神の言葉である聖書を読み、祈ることをデボーションの時とか、聖思の時とか、黙想の時とか、呼び方は少し違いますが、内容はあまり変わらないと思います。皆さんは日毎にそのことに取り組んおられるでしょうか。神の言葉である聖書も単に読み進めるだけでは、聖書の知識は豊かになるかも知れませんが、本当の意味で自分の力にはなりません。み言葉を読んで、黙想し、祈り、そのみ言葉を自分の具体的な日常生活に適用して行くことがなければ意味がありません。もしみ言葉を自分に適用しながら読むのでなければ、何年経っても自分の力とはなりえないのです。
 2字熟語に「傾聴」と「聴従」と言う熟語がありますが、この言葉はデボーションの時や礼拝の時にふさわしい言葉だと思います。傾聴とは耳を傾けて聴くことであり、聴従とは聴いて従うことです。デボーションの時や礼拝の時に、心の耳を傾けて、今日のみ言葉は何を教えているのか、自分が何をすることを神は望み喜ばれるのか、と思いを巡らしながら、読みあるいは聴く姿勢こそ、主のみ心をすみやかに悟る秘訣ではないでしょうか。今日、主のみ心が何であるかを教えていただくだけではまだ半分なのです。傾聴することはとても大切なことですが、聴従することは、さらに大切なことなのです。「聖書の言葉」を聴いて従うこれが本当に大切なことです。
 イスラエルの初代の王であったサウルが最終的な失敗の原因となったものは、主の言葉を聴いたけれども従わなかったことにあります。「主は主のみ声に聴き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聴き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。           
 あなたが主の言葉を退けたので、主もあなたを王位から退けた。」(Ⅰサムエル15:22、23) 私たちはサウル王の失敗から学ぶことができます。傾聴と聴従の大切さを、聴いて従うことこそがその秘訣であることを。
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