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着眼大局、着手小局


天窓ニュース No.50
着眼大局、着手小局
2010年9月1日

 私の趣味の一つに「将棋」や「囲碁」があります。これはまだキリスト者にならない前に持っていた趣味です。将棋や囲碁をする方は「着眼大局、着手小局」という言葉を聞いたことがあるでしょうし、愛好家の間には良く知られた格言です。この意味するところは、将棋盤や碁盤全体を良く見て、指しなさい(着手)打ちなさい(着手)ということです。指したり、打ったりする時は、全体を見てから着手することが大切ですよという戒めなのです。
 なぜならば、将棋や囲碁のゲームは勝負事ですから、勝ち負けにこだわるわけです。そうすると、勝ち負けにこだわり、そのゲームに夢中になり、あるいは熱くなってしまい、全体を見ることよりも一部分しか見ないでしまうことが多くなるものです。それ故に、別の格言も生まれました。「傍目八目」(おかめはちもく)という囲碁の格言です。他人の囲碁を傍らで見ていると、対局者よりは、勝敗に冷静であるから、八目も先の手までわかるということ。転じて、局外にあって見ていると、物事の是非、利・不利が明らかにわかること。」(広辞苑)
「着眼大局、着手小局」という言葉は、キリスト者として宣教論に通じるのではないかと思っているからです。
イエス様は復活されたあとに、弟子たちに次のように、命じられました。「全世界に出て行き、全ての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。…」(マルコ16章15、16節)  
 これは、もちろん主イエス様の宣教大命令です。私たちが先に救われたのは、この福音を全世界の人々に伝えると言う目的のためでもあります。私たちの着眼すべき所は、日本を含めた全世界でなければなりません。しかし具体的に活動する所は、いま私たちが住んでいる場所から福音は伝えられなければならないのです。その意味において着眼は大局に置きつつも、着手は小局すなわち、いま生活している所があなたの具体的な福音の活動の場所なのです。地道な活動を通してのみ、福音は伝えられ続けて行くのです。愛の労苦は日常の小さな一つ一つの地道な働きなのです。 
 イエス様が天に上って行かれた時に「しかし、聖霊があなた方の上に臨まれる時、あなた方は力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1:8)とも語られました。そうですペンテコステ(聖霊降臨)の出来事を通して、私たちはイエス様の証人として、エルサレムから、いま自分の置かれている所から、福音宣教の働きは始まり、そして地の果てにまでイエス様の証人となるのです。キリスト者は、目を天に上げつつ、全体を見ながら、具体的な活動は、地をはうような働きをするのです。ゲームとは違った意味での「着眼大局、着手小局」は一つの宣教論になるのではないかと思うのです。
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