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風は己が好む所に吹く-2


風は己が好む所に吹く-2
2010年8月29日

 物理的な風の存在を知るのは、風の音を聞いたり、旗がなびいている状態を見たり、樹木や草木が揺れ動いているのを見る時、また顔に風があたる時などに風が吹いていると私たちは理解し、感じています。              
 神の霊であられる「御霊」もそのような存在なのです。勿論、物理的な風がそのまま「御霊」ではありません。神は「霊」として存在しています。聖書には「神は霊ですから、神を礼拝する者は霊とまことによって礼拝しなければなりません。」(ヨハネ4:24) とあります。神の霊である御霊さまは、人格を持ち、主権を持っておられます。それゆえに、己が好む所に吹くことができます。言葉を変えれば、ご自身が好む所に臨まれる(臨席される、臨在される)と言うことができます。御霊は聖霊とも呼ばれます。神の霊は聖い霊なのです。聖くない所を神の霊は好まれないのです。人の悪や罪を好みません。ノアの大洪水が起こったのも、地上に人の悪が増大したので聖い神の裁きが行なわれたのです。             物理的な風を人為で制御できないように、神の聖い霊も人為では制御することはできないのです。しかし、神の御霊は人間を創造した時以来その良心に働きかけられて、神の望まれる正しい生き方をするようにと常に働き続けて下さっているのです。ノアの時代にも、神は人々に対して、その良心に語りかけられていたのです。ただ、ノアおよびその家族以外は、神の働きかけに応答することがなかったと言うことでありましょう。だから、大洪水によって滅ぼされたのです。旧約聖書の時代に生きた古代ギリシャのソクラテスは「衷に働く良心の声」に対して敏感であったことの例をあげ、救われることとは別の意味で特筆すべきことだと思います。      新約聖書の時代に生きる私たちは、御霊(聖霊)さまに好まれる生き方をしているでしょうか。「風は己が好む所に吹く」と物理的「風」にあらず、御霊なる「風」に好まれる生き方こそ、本当に必要なことではないでしょうか。御霊さまに好まれる一人のキリスト者として、また教会が御霊さまに好まれる愛の共同体でありたいと願わざるを得ません。聖霊さまよ「来てください!」
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