FC2ブログ

プロフィール

愛は消えず 

Author:愛は消えず 
FC2ブログへようこそ!

カレンダー

08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

主のみこころなら

2010年8月8日
主のみこころなら

 詩篇90篇は神の人モーセの祈りと言う表題がついています。この詩篇を読むとわかるように、神の偉大さ、すなわち神の永遠性と人間の有限性というものが明確なコントラストを持って描かれています。まさに神はとこしえからとこしえまで存在されるお方であり、人間は移ろう草のようであり、その齢は70年、健やかであっても80年と記されています。聖書は人すなわち人間とはどのような存在であるかをはっきりと教えています。神は永遠であるが、人には限界があり、限りがある存在だと教えています。「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。」(Ⅰペテロ1:24)人は草花のごときものだと形容されています。いかにその存在が弱く、はかないものであるかを言い当てています。だからこそ、詩篇の記者はおのが弱さ、はかなさを知って「それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに、知恵の心を得させてくださいと。」(詩篇90:11-12)と願っています。
 新約聖書の光に照らしてみるならば、知恵の心とは「あなた方には、明日のことはわからないのです。あなた方のいのちは、いったいどのようなものですか。あなた方は、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧に過ぎません。むしろ、あなた方はこう言うべきです。<主のみこころなら私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。>」(ヤコブ4:14、15)まさに人は、明日のことはわからないのです。私たちは明日もまたあるであろうと言う仮定のもとに生きているに過ぎないのです。明日があると誰が保証することができるでしょうか。明日の保証は神(主)以外に誰にもすることはできません。
 知恵の心を得るとは、神、主を信じて生きることがそれです。主のみこころなら私たちは生きていて、いろいろなことが出来るのです。主のみこころなしに何一つ私たちは出来ないことを心に銘記すべではないでしょうか。私たちは真の意味で神を恐れる心を持っているでしようか。
 「主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。」(箴言9:10)とある通りなのです。
スポンサーサイト

<< 年 輪 | ホーム | 良心とソクラテス(3) >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。