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神との友情関係について(2)

2010年6月13日
神との友情関係について(2)

 私たちは自分の友情関係を自ら損なってしまうことがあるものです。時には損得の感情で損ない、不誠実な行為で損なってしまう場合もあります。
 しかし、神は人間とはちがって決して約束を破ることはしません。神は約束したことは決して損なうことがありません。神は不変であり、不動であり、永遠に誠実なお方だからです。「わたしが神である。ほかにはいない。わたしは自分にかけて誓った。わたしの口から出る言葉は正しく、取り消すことは出来ない。」(イザヤ45:22-23)「しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。」(詩篇102:27)「イエス・キリストはきのもきょうも、いつまでも同じです。」(ヘブル13:8)と聖書にあるとおりです。
 古代イスラエルの中で、この神との交わりの友情関係をハッキリと理解していた人はアブラハムが最初でありましょう。その後はモーセになりましょうか。「モーセが天幕に入ると、雲の柱が降りて来て、天幕の入口に立った。主はモーセと語られた。」「主は、人が自分の友と語るように、顔と顔とを合わせてモーセに語られた。」(出エジプト33:9・11)モーセは神との交わりのゆえに、顔の肌が光を放ったと聖書にありますから、神の聖さの反映がモーセに顔の肌に現われたのでしょう。
 ヒルティは「(1)神に近づいて友情関係を結ぶことにこそ、キリスト信仰の本質があること、(2)神との友情関係を結ぶことにこそ私たちの人生において必要とする全てであること、(3)それが永遠であるという優れた性質を持っていること、(4)心情の喜悦と思惟の明晰さのうちに、神との友情が変わることなく続いていることを感知できること等」と語ります。
「世のさかしき人々よ、友情はいつまでも同等の者の間に限られ、神に及ばざる人間などに、神は友となることなしと言うなら言うがよい。たとえ神は全てであり、私は無であろうとも、私は影で、彼は光の源であろうとも、彼がいかに偉大であり、私がいあkに小さき者であろうとも、私の友は私のもの、私は彼のものなのだ。」(18世紀のある詩人)
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